男子800mで注目を集めている萬野七樹選手。2026年には日本選手権で初優勝を果たし、日本トップクラスの中距離選手として存在感を高めています。そんな萬野七樹選手について、

「中学はどこだったの?」



「中学生の頃から速かったの?」
と気になっている人も多いのではないでしょうか。
萬野七樹選手の中学を調べると、出身校は大阪府堺市にある堺市立野田中学校であることが確認できます。さらに、中学時代の記録を追っていくと、現在につながる大きな成長を遂げていたことも分かります。
そこで当記事では、萬野七樹選手の中学を中心に、高校や出身、名前の読み方、関西大学で活躍する森玉鳳雅選手との関係について紹介していきます。
- 萬野七樹選手の中学と中学時代の800m記録
- 萬野七樹選手の高校と陸上競技での成長
- 萬野七樹選手の出身や名前の読み方
- 萬野七樹選手と森玉鳳雅選手の関係
萬野七樹の中学は堺市立野田中学校
萬野七樹選手の中学は、大阪府堺市にある堺市立野田中学校です。中学時代から800mを中心に陸上競技へ取り組んでおり、3年間で記録を大きく伸ばしています。現在の萬野七樹選手を見ると早くから全国トップ級だったように感じますが、中学時代の記録をたどると、段階的に力を伸ばしてきた選手であることが分かります。
日本陸上競技連盟の公式プロフィールでも、萬野七樹選手の所属歴として中学から高校、大学までの経歴を確認できます。(出典:日本陸上競技連盟)
中学1年から3年で800mのタイムが大幅に短縮
萬野七樹選手は、中学3年間で800mのタイムを大きく縮めています。中学1年だった2018年のベストは2分23秒74でしたが、中学2年の2019年には2分09秒11まで記録を更新しました。わずか1年間で約14秒もタイムを縮めていることになります。
さらに中学3年だった2020年には、800mで2分01秒85を記録しています。中学1年の記録と比較すると、3年間で20秒以上も速くなっている計算です。中学生の成長期とはいえ、毎年これだけ着実に自己ベストを更新している点は印象的ですね。
萬野七樹選手は中学時代から完成されたトップ選手だったというより、練習や経験を積み重ねながら少しずつ力を伸ばしたタイプといえそうです。大学で1分45秒台まで記録を伸ばした現在の姿を見ると、萬野七樹選手の中学時代は長い成長曲線の出発点だったことが分かります。
中学3年で大阪府内トップクラスの選手に成長
萬野七樹選手が中学生ランナーとして存在感を示したのが、中学3年だった2020年です。第74回大阪中学校総合体育大会の男子800mタイムレースでは、2分02秒78を記録して総合1位になりました。大阪府内の大会で800mのトップに立った経験は、その後の競技人生につながる大きな実績だったといえます。
中学1年時には2分23秒台だった萬野七樹選手が、中学3年では2分01秒台まで自己ベストを更新しています。記録だけを見ても、中学生活の3年間で競技力が急速に高まったことが分かりますね。
一方で、中学時代から全国大会を圧倒するような選手だったわけではありません。高校、大学と競技を続ける中でさらに大きく成長している点も萬野七樹選手の特徴です。中学時代に地道に積み上げた経験が、大阪府立大塚高校でのさらなる飛躍につながったと考えられます。
400mと3000mにも出場して走力の土台を築いた
萬野七樹選手の中学時代で興味深いのは、800mだけに取り組んでいたわけではないことです。中学2年だった2019年には3000mに出場し、9分45秒02を記録しています。さらに中学3年の2020年には、堺市陸上競技選手権大会の400mで53秒22をマークしました。
400mのスピードと3000mの持久力という異なる能力を磨いていたことから、中学時代は幅広い距離を経験していたことが分かります。800mはスピードだけでなく、最後までペースを維持する持久力も必要になる種目です。
現在の萬野七樹選手は、800mで終盤の鋭いスパートを武器にしています。中学時代に400mと3000mの両方へ取り組んだ経験が、現在の走りにどこまで影響しているかは断定できません。ただ、萬野七樹選手の中学時代を振り返ると、短い距離と長い距離の両方を経験しながら、中距離選手としての基礎を身につけていった様子が見えてきます。
萬野七樹の高校は大阪府立大塚高校
萬野七樹選手は堺市立野田中学校を卒業後、大阪府立大塚高校へ進学しました。高校では800mを中心に記録を大きく伸ばし、高校2年になると全国レベルのタイムをマークしています。萬野七樹選手の中学時代から続く成長は、高校でもさらに加速していきました。
高校2年で800m1分50秒36を記録
萬野七樹選手が高校時代に大きく飛躍したのは、高校2年だった2022年です。高校1年時の800m自己ベストは1分58秒49でしたが、高校2年には1分50秒36まで一気に記録を縮めています。わずか1年ほどで8秒以上も自己ベストを更新したことになります。
2022年のインターハイ大阪府予選では800mを1分56秒89で制し、近畿高校陸上競技会では1分50秒36をマークして2位に入りました。中学3年時の自己ベストが2分01秒85だったことを考えると、高校に進学してから急速に全国レベルへ近づいたことが分かります。
萬野七樹選手の中学時代から記録を並べてみると、突然速くなったわけではなく、毎年少しずつ壁を突破してきたことが印象的です。高校2年で記録した1分50秒36は、大学進学後のさらなる飛躍を予感させるタイムだったといえますね。
インターハイ出場を経験するも全国の壁に直面
高校2年時には全国高校総体の800mにも出場しましたが、予選は1分54秒72で組5位となり、次のラウンドには進めませんでした。翌2023年の高校3年時には準決勝まで進出したものの、決勝進出には届いていません。全国大会では思うような結果を残せない時期も経験していたことが分かります。
さらに高校3年時の800m自己ベストは1分51秒30で、高校2年時に記録した1分50秒36を更新できませんでした。U20日本選手権でも1分52秒94で5位となり、高校最後のシーズンは記録面だけを見ると伸び悩んだ時期だったといえそうです。
しかし、萬野七樹選手は高校卒業後に関西大学へ進学すると再び大幅に自己ベストを更新しています。高校時代に全国の強豪選手と競い、思うように結果が出なかった経験も、その後の競技生活で生かされたのかもしれませんね。
恩師の指導を受けながら中距離選手として成長
大阪府立大塚高校では、谷口先生の指導を受けながら中距離選手として成長した萬野七樹選手。文化放送で高校時代が紹介された際には、萬野七樹選手が当時「栗坊主」と呼ばれていたというエピソードも明かされています。
高校時代は競技力を伸ばすだけでなく、指導者や周囲との関係を築きながら陸上競技に打ち込んでいたようです。中学時代は2分台だった800mの記録も、高校では1分50秒台まで短縮しました。
インターハイでは悔しい経験もありましたが、全国大会を実際に走った経験は大学で戦うための大きな財産になったと考えられます。萬野七樹選手の中学から高校までの歩みを見ると、順調な記録更新だけではなく、伸び悩みも経験しながら着実に競技力を高めてきたことが分かります。
萬野七樹の読み方は「まんのななき」
萬野七樹選手の名前は「まんの ななき」と読みます。「萬」という旧字体が使われていることや、「七樹」という珍しい名前から、初めて見た人は読み方に迷うかもしれません。日本陸上競技連盟のプロフィールでも「MANNO Nanaki」と表記されています。
「萬野」は「まんの」と読む
萬野七樹選手の苗字「萬野」の読み方は「まんの」です。「萬」は「万」の旧字体にあたる漢字なので、普段あまり見慣れない人にとっては「ばんの」「まんや」などと読みたくなるかもしれません。
しかし、萬野七樹選手の場合は「萬野=まんの」と読むのが正しい読み方です。陸上競技の大会結果や公式プロフィールでもローマ字では「MANNO」と表記されています。
2026年に日本選手権の男子800mで優勝したことで、萬野七樹選手の名前を初めて知った人も増えたと考えられます。珍しい漢字を使った苗字ですが、「まんの」と覚えておけば読み方に迷わないですね。
「七樹」は「ななき」と読む
名前の「七樹」は「ななき」と読みます。「七」を「なな」、「樹」を「き」と読むため、漢字から比較的イメージしやすい読み方ではありますが、「七樹」という名前自体は珍しく、検索して確認する人も少なくないようです。
つまり、フルネームでは「萬野七樹=まんの ななき」となります。英字表記では「MANNO Nanaki」です。
萬野七樹選手は日本選手権優勝や800mでの好記録によって、今後さらに名前を目にする機会が増える可能性があります。アジア大会など国際舞台で活躍すれば、「まんの ななき」という読み方も陸上ファン以外に広く知られていきそうですね。
萬野七樹の出身は大阪府
萬野七樹選手の出身は大阪府です。中学は堺市立野田中学校、高校は大阪府立大塚高校と、大阪府内の学校で陸上競技を続けてきました。その後も関西大学へ進学しており、学生時代を通して関西を拠点に競技力を高めています。
堺市の中学校から大阪府立大塚高校へ進学
萬野七樹選手は大阪府出身で、中学時代は堺市立野田中学校に通っていました。その後、大阪府立大塚高校へ進学しています。中学と高校の両方を大阪府内で過ごしながら陸上競技に取り組んできたことになります。
堺市立野田中学校では800mだけでなく、400mや3000mにも出場していました。大阪府立大塚高校へ進学すると800mで1分50秒36まで記録を伸ばし、インターハイにも出場しています。
萬野七樹選手の中学から高校までの経歴を見ると、大阪で競技の基礎を作りながら全国レベルへ成長した選手であることが分かります。現在も関西を拠点に競技を続けているため、大阪や関西の陸上ファンにとっても注目度の高い選手といえそうですね。
現在は関西大学社会学部で陸上競技を続けている
大阪府立大塚高校を卒業した萬野七樹選手は、関西大学社会学部へ進学しました。大学1年だった2024年には、日本インカレ男子800mで1分47秒93を記録して3位に入り、関西大学記録を更新しています。
さらに大学3年の2026年には800mで1分45秒31を記録し、日本トップクラスの選手へと成長しました。2026年の日本選手権男子800mでは1分46秒45で初優勝し、愛知・名古屋アジア大会の日本代表にも内定しています。
関西大学でも競技を続けながら、中学時代の2分台から大きく記録を伸ばした萬野七樹選手。大学での活躍については関西大学からも発信されており、学生アスリートとして注目を集めています。(出典:関西大学)
萬野七樹と森玉鳳雅の関係は関西大学の先輩後輩
萬野七樹選手と森玉鳳雅選手は、ともに関西大学で中距離種目に取り組む先輩後輩です。萬野七樹選手が800m、森玉鳳雅選手が1500mを中心に実績を残しており、関西大学の中距離陣を代表する存在として名前が挙がっています。
800mと1500mで関西大学の中距離陣をけん引
萬野七樹選手と森玉鳳雅選手は関西大学社会学部に所属し、森玉鳳雅選手が1学年上の先輩にあたります。萬野七樹選手は800m、森玉鳳雅選手は1500mを中心に活躍しており、それぞれ異なる中距離種目で全国レベルの実績を残している点が特徴です。
2026年の関西インカレでは、萬野七樹選手が800mを大会新記録で制し、森玉鳳雅選手も1500mで大会記録を更新して3連覇を達成しました。また、日本学生陸上競技個人選手権でも、萬野七樹選手が800m、森玉鳳雅選手が1500mを制しています。
同じ大学に全国トップクラスの中距離選手がいる環境は、日々の競技生活でも刺激になっている可能性があります。ただし、具体的な練習内容や互いへの影響について本人たちが詳しく語った事実までは確認できません。競技実績から見ると、2人が関西大学の中距離陣を支える存在であることは分かりますね。
萬野七樹の中学や高校・出身と読み方まとめ
当記事では、萬野七樹選手の中学や高校、出身、名前の読み方について紹介しました。萬野七樹選手の中学は大阪府堺市の堺市立野田中学校で、中学1年から3年にかけて800mの記録を20秒以上縮めています。高校は大阪府立大塚高校へ進学し、高校2年で1分50秒36を記録しました。
名前の読み方は「まんの ななき」で、出身は大阪府です。高校卒業後は関西大学社会学部へ進み、2026年には日本選手権男子800mで初優勝。関西大学では、1500mを中心に活躍する先輩の森玉鳳雅選手とともに中距離陣をけん引しています。
萬野七樹選手の中学時代から現在までを見ると、毎年のように記録を伸ばしながら日本トップレベルまで成長してきたことが分かります。今後の国内外の大会でどのような走りを見せてくれるのか注目ですね。










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