2026年10月のアジア競技大会で、なでしこジャパンの金メダル獲得に大きく貢献した西尾葉音さん。大舞台での活躍をきっかけに、西尾葉音さんの高校や学生時代について気になった人も多いのではないでしょうか。
西尾葉音さんの高校はどこなのか、高校時代は学校のサッカー部に所属していたのかも気になるところですよね。また、中学校や地元・宮原との関係、プロになるまでのサッカー経歴についても注目が集まっています。
そこで当記事では、西尾葉音さんの高校を中心に、中学校や宮原でのサッカーの原点、浦和レッズレディースの育成組織で歩んだ経歴について紹介していきます。
- 西尾葉音さんの高校と学校の特徴
- 高校時代に所属していたサッカーチーム
- 西尾葉音さんの中学校や宮原との関係
- 浦和から大宮へと続くサッカー経歴
西尾葉音の高校は埼玉県立大宮南高等学校
西尾葉音さんの高校は、埼玉県さいたま市にある埼玉県立大宮南高等学校です。私立の女子サッカー強豪校へ進むのではなく、地元の公立高校に通いながら、クラブユースでトップレベルのサッカーを続けていました。高校生活と競技活動を両立していた点も、西尾葉音さんの経歴で注目したいポイントです。
大宮南高校はスポーツ活動が盛んな公立高校
西尾葉音さんが通っていた埼玉県立大宮南高等学校は、さいたま市西区にある男女共学の公立高校です。スポーツ活動が盛んな学校として知られており、サッカー部も県大会で上位に進出するなど実績を残しています。
ただし、西尾葉音さんが大宮南高校を選んだ理由について、本人が詳しく語った公式な情報は確認されていません。そのため進学理由を断定することはできませんが、地元・さいたま市の学校へ通いながら競技を続けられる環境だったことは、西尾葉音さんにとって大きかったのかもしれません。
高校女子サッカーの強豪校ではなく地元の公立高校に通っていた点は、西尾葉音さんの学生時代を知るうえで特徴的です。学校生活を送りながら別の場所で本格的な競技活動を続ける生活は、時間の使い方や自己管理も求められたと考えられます。
西尾葉音さんの高校時代は、一般的な高校生活とトップアスリートを目指す日々が重なっていた時期だったというわけですね。
サッカー部には所属せずクラブユースで活動
西尾葉音さんは、大宮南高校のサッカー部でプレーしていたわけではありません。高校年代では三菱重工浦和レッズレディースユースに所属し、クラブの育成組織でプロを目指してプレーしていました。
高校の女子サッカー部で全国大会を目指す選手も多いなか、西尾葉音さんはクラブユースという別のルートを選んでいます。日中は大宮南高校で授業を受け、放課後や週末には浦和レッズレディースの育成環境でトレーニングや試合に取り組む生活を送っていました。
西尾葉音さんの高校生活は、学校とクラブユースを両立しながらプロを目指す日々だったことが大きな特徴です。さらに高校年代にはU-16、U-17、U-19の日本女子代表にも選ばれており、国内トップクラスの選手と競争する環境に身を置いていました。
高校生活、クラブでの競争、年代別日本代表での活動を経験したことが、その後のプロ入りにつながる大きな土台になったと考えられます。
西尾葉音の高校時代は浦和レッズレディースユースで活躍
西尾葉音さんの高校時代は、大宮南高校で学びながら三菱重工浦和レッズレディースユースでプレーしていました。年代別日本代表にも継続して選ばれており、西尾葉音さんの高校生活は学業だけでなく、クラブユースと代表活動を両立する忙しい日々だったと考えられます。
学業とクラブユースを両立していた
西尾葉音さんは高校に通いながら、三菱重工浦和レッズレディースユースで本格的なトレーニングを続けていました。学校の授業を受けた後にクラブの練習へ参加し、週末には試合に臨む生活だったと考えられます。
高校の部活動であれば学校生活と競技活動の拠点が同じですが、クラブユースの場合は学校とチームが別です。移動時間も含め、自分で生活のリズムを整えながらサッカーに向き合う必要があります。
西尾葉音さんは高校生活と日本トップレベルのクラブユース活動を並行していたことになります。さらに年代別日本代表での活動も加わるため、体力面だけでなくスケジュール管理の面でも簡単な高校生活ではなかったでしょう。
西尾葉音さんの高校時代に培われた自己管理能力や継続力は、その後プロの舞台で競争を続けるうえでも大きな経験になったのかもしれませんね。
U-16から年代別日本代表に選出
西尾葉音さんは高校年代から年代別日本代表にも名を連ねています。2019年にはU-16日本女子代表、2020年にはU-17日本女子代表、2021年にはU-19日本女子代表に選ばれ、年代を重ねながら継続して代表活動を経験しました。
年代別日本代表に選出されるためには、所属クラブで結果を残すだけでなく、同年代の有力選手との競争を勝ち抜く必要があります。高校生のうちから代表レベルの環境を経験していた点は、西尾葉音さんのサッカー経歴を語るうえで外せません。
高校3年間にわたり年代別日本代表へステップアップしていることから、西尾葉音さんが早くから将来を期待されていた選手だったことがわかります。クラブユースだけでなく代表活動でも高いレベルの相手とプレーした経験が、プロ入り後の成長につながったのでしょう。
西尾葉音さんの高校時代は、将来のなでしこジャパンにつながる重要な育成期間だったといえそうですね。
公立高校からプロを目指した高校生活
女子サッカーでは藤枝順心高校や神村学園高等部など、全国大会の常連校へ進学して実績を積むルートもあります。一方、西尾葉音さんは地元の公立高校に通いながら、学校外のクラブユースでプロを目指す道を歩みました。
高校サッカーの全国大会で注目を集める選手とは異なり、西尾葉音さんは浦和レッズレディースの育成組織を中心に経験を重ねています。そのため、西尾葉音さんの高校だけを調べると学校のサッカー部で活躍していたように感じるかもしれませんが、実際の競技活動の中心はクラブユースでした。
西尾葉音さんは大宮南高校で学びながら、浦和の育成組織を通じてプロへの道を切り開いた選手です。高校卒業後に突然頭角を現したのではなく、中学から高校まで長期間にわたってクラブの育成環境で力を伸ばしていたことがわかります。
西尾葉音さんの高校生活を知ると、現在の活躍につながる下積みが学生時代から続いていたことが見えてきますね。
西尾葉音の中学校はさいたま市立宮原中学校
西尾葉音さんの中学校は、地元さいたま市にあるさいたま市立宮原中学校です。中学校の部活動を中心にサッカーをしていたのではなく、浦和レッズレディースジュニアユースに所属して競技力を磨いていました。高校だけでなく中学校時代からクラブユースで成長していたことになります。
中学時代は浦和レッズレディースジュニアユースに所属
西尾葉音さんは宮原中学校に通いながら、浦和レッズレディースジュニアユースに所属していました。ジュニアユースは将来トップチームで活躍する選手を育てる重要な年代で、所属するためには高い技術や競争力が求められます。
地元の少年団でサッカーを始めた西尾葉音さんにとって、浦和レッズレディースの育成組織へ進んだことは大きな転機だったでしょう。地域のチームから日本を代表するクラブの育成環境へ移り、同年代の有力選手と日常的に競争するようになりました。
西尾葉音さんの中学校時代は、プロサッカー選手への本格的な一歩を踏み出した時期だったといえます。ジュニアユースでの経験を経て、その後もユース、トップチームへと同じクラブの育成ルートを進んでいきました。
西尾葉音さんの高校時代の活躍も、中学年代から積み重ねた経験があったからこそと考えられますね。
地元の中学校に通いながらトップレベルの環境で成長
西尾葉音さんはクラブユースへ進んだ後も、地元の宮原中学校に通っていました。サッカーのために遠方へ転校するのではなく、生活の拠点をさいたま市に置きながらトップレベルの育成環境へ通っていた点が特徴です。
学校では地元の友人たちと過ごし、競技では浦和レッズレディースジュニアユースで高いレベルの練習に取り組むという生活だったと考えられます。日常生活と競技環境を切り替えながら過ごした経験は、高校での学業とクラブユースの両立にもつながったのでしょう。
西尾葉音さんは中学校から高校まで、地元さいたま市で生活しながらクラブユースのエリート育成を受けてきました。宮原中学校から大宮南高校へ進みながら浦和の育成組織で成長した経歴には、地域とのつながりの強さも感じられます。
西尾葉音さんの中学校を知ることで、現在まで続く宮原との深い関係も見えてきますね。
西尾葉音と宮原の関係は?サッカーの原点を紹介
西尾葉音さんと宮原には深いつながりがあります。西尾葉音さんはさいたま市北区で育ち、幼少期に大宮宮原サッカースポーツ少年団や宮原サッカーガールズでプレーしました。中学校も宮原中学校であり、宮原は西尾葉音さんのサッカー人生の原点といえる地域です。
大宮宮原サッカースポーツ少年団でサッカーをスタート
西尾葉音さんのサッカーの原点の一つが、大宮宮原サッカースポーツ少年団です。プロの育成組織からサッカー人生が始まったのではなく、まずは地元の少年団でボールを追いかけながら競技の楽しさや基本を身につけていきました。
少年団は子どもたちが地域の仲間と一緒にサッカーを学ぶ身近な場所です。西尾葉音さんも宮原という地域でサッカーに親しみ、経験を重ねた後に浦和レッズレディースジュニアユースという本格的な育成環境へ進んでいます。
現在プロとして活躍する西尾葉音さんのスタート地点が、地元・宮原の少年団だったことは注目したいポイントです。トップレベルの選手になった現在も、地元クラブにとって西尾葉音さんは身近な卒団生であり、後輩たちが目標にできる存在となっています。
宮原でサッカーを始めた一人の少女がプロや日本代表へ成長した歩みは、地域の子どもたちにとっても大きな刺激になりそうですね。
宮原サッカーガールズでもプレー
西尾葉音さんは幼少期に宮原サッカーガールズでもプレーしていました。女子選手として地域でサッカーを続けられる環境に身を置きながら経験を積み、その後のクラブユースへのステップアップにつなげています。
女子サッカー選手が競技を長く続けていくためには、幼少期からボールを蹴れる場所や一緒にプレーできる仲間の存在も大切です。西尾葉音さんにとって宮原のサッカー環境は、競技力だけではなくサッカーを好きになり続ける土台にもなったのではないでしょうか。
西尾葉音さんと宮原を調べると、地域の少年団や女子チームからキャリアが始まっていることがわかります。西尾葉音さんの高校や中学校だけでなく、さらに幼少期までさかのぼることで、プロになるまでの流れがより分かりやすくなります。
宮原で積み重ねた経験が浦和の育成組織へ進むきっかけとなり、現在の西尾葉音さんにつながっているのでしょう。
プロ入り後も続く宮原地域とのつながり
西尾葉音さんがプロへ進んだ後も、宮原とのつながりは続いています。大宮宮原サッカースポーツ少年団では、西尾葉音さんが浦和レッズレディースとプロ契約を結んだ際などに、卒団生の活躍として喜びのメッセージが発信されました。
年代別日本代表で活躍した際にも地元から応援されており、宮原で育った選手がトップレベルへ進んだことを地域全体で喜んでいる様子がうかがえます。身近なチームの先輩がプロになった経験は、現在プレーする子どもたちにも具体的な目標を示してくれるでしょう。
西尾葉音さんにとって宮原は出身地というだけでなく、サッカーを始め、現在まで応援を受け続けている大切な地域です。プロとして結果を残す姿が、次の世代の女子選手が競技を続けるきっかけになる可能性もあります。
西尾葉音さんの活躍が続くほど、宮原とのつながりにもさらに注目が集まりそうですね。
西尾葉音のサッカー経歴は?浦和から大宮への移籍で飛躍
西尾葉音さんのサッカー経歴は、宮原の少年団から浦和レッズレディースの育成組織、トップチーム、そして大宮へと続いています。特に大宮への移籍後は出場機会と得点数が増え、強烈なシュートを武器に存在感を高めました。
浦和の育成組織からトップチームへ昇格
西尾葉音さんは浦和レッズレディースジュニアユース、ユースを経て、2022年にトップチームとプロ契約を結びました。中学生のころから長く所属した育成組織からトップへ昇格したため、浦和は西尾葉音さんをプロ選手へ育てたクラブといえます。
一方で、トップチームには日本代表経験者を含む実力のある選手が多く、西尾葉音さんはリーグ戦で継続的な出場機会を得ることに苦しみました。浦和在籍中はWEリーグでゴールを奪えない時期が続き、プロとして結果を残す難しさも経験しています。
育成年代では順調にステップアップした西尾葉音さんですが、プロ入り後には分厚い選手層という壁に直面しました。高校時代から積み重ねてきた実績があっても、プロでポジションをつかむことは簡単ではなかったということですね。
その苦しい経験が、後に大宮で飛躍するための大きな転機へつながっていきました。
大宮への移籍をきっかけに得点力が開花
西尾葉音さんは2025年1月に大宮アルディージャVENTUSへ期限付き移籍し、出場機会を増やしていきました。2025年5月6日のジェフ千葉レディース戦では、待望のWEリーグ初得点を記録しています。
2025/26シーズンにはリーグ戦22試合で5得点、リーグカップ9試合で5得点を記録し、浦和時代と比べて数字でも大きな変化を見せました。試合に継続して出場することで持ち味を発揮し、ストライカーとして成長したことがうかがえます。
西尾葉音さんにとって大宮への移籍は、出場機会を得るだけでなく得点力を開花させる重要な転機となりました。2026年にはRB大宮アルディージャWOMENへの完全移籍も決まり、新しい環境でさらにキャリアを築いています。
最新の所属やプロフィールについては、(出典:RB大宮アルディージャ)でも確認できます。
強烈なシュート「ハノン砲」が大きな武器
西尾葉音さんの大きな武器として注目されているのが、右足から放つ強烈なシュートです。ファンの間では「ハノン砲」と呼ばれ、WEリーグの公式SNSでも使われるほど西尾葉音さんを象徴するフレーズとなっています。
170cmの恵まれた体格を生かして相手と競り合いながらシュートへ持ち込める点も特徴です。2026年4月29日のWEリーグクラシエカップ決勝では、日テレ・東京ヴェルディベレーザを相手に前半3分で強烈な先制ゴールを決めました。
西尾葉音さんの「ハノン砲」は、力強いフィジカルと迷いなく右足を振り抜くシュート力を象徴する武器です。大宮移籍後に出場経験を重ねたことで、自分の特徴を試合の中で発揮する機会も増えていったのでしょう。
西尾葉音さんのサッカーを見る際は、ゴール前だけでなくペナルティエリアの外から放つ右足のシュートにも注目したいですね。
なでしこジャパンでも存在感を発揮
クラブで結果を残した西尾葉音さんは、2026年のアジア競技大会に臨むなでしこジャパンにも選出されました。9月14日のタイ戦で国際Aマッチデビューを果たし、9月17日のベトナム戦では日本代表初ゴールを記録しています。
さらに10月2日の北朝鮮との決勝では、1-2とリードされた後半41分に途中出場の西尾葉音さんが同点ゴールを決めました。試合はPK戦へ進み、西尾葉音さん自身もキッカーとして成功。日本の大会3連覇に大きく貢献しました。
高校時代に年代別日本代表として経験を積んだ西尾葉音さんが、プロでの苦しい時期を乗り越えてなでしこジャパンまで到達したことになります。宮原から始まったサッカー人生が、日本代表の大舞台へつながった形ですね。
クラブでの出場記録については、(出典:WEリーグ Data Site)でも確認できます。
西尾葉音の高校や中学校・サッカー経歴まとめ
当記事では、西尾葉音さんの高校を中心に、中学校や宮原との関係、プロ入り後のサッカー経歴について紹介しました。西尾葉音さんの高校は埼玉県立大宮南高等学校で、学校のサッカー部ではなく浦和レッズレディースユースでプレーしていました。
中学校はさいたま市立宮原中学校で、中学時代から浦和レッズレディースジュニアユースに所属しています。さらにサッカーの原点は大宮宮原サッカースポーツ少年団や宮原サッカーガールズにあり、地元・宮原との強いつながりも特徴です。
その後は浦和のトップチームへ昇格し、大宮への移籍をきっかけに得点力が開花。「ハノン砲」と呼ばれる強烈なシュートを武器に成長し、なでしこジャパンでも存在感を示しました。西尾葉音さんの高校時代から続く努力が、現在の活躍につながっていることがわかりますね。


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