早稲田大学の長距離ランナーとして注目を集める山口竣平さん。高校駅伝の名門・佐久長聖高校を経て早稲田大学へ進み、駅伝だけでなく5000mや10000mでも日本トップクラスの記録を残しています。
そんな山口竣平さんについて、「中学はどこだった?」「中学時代から速かったの?」「どこの小学校や高校に通っていた?」と気になっている人も多いですよね。山口竣平さんの中学時代をたどると、現在の強さにつながる高い目標意識が見えてきます。
そこで当記事では、山口竣平さんの中学や小学校、高校時代の成績を中心に、父や兄弟などの家族、怪我、山口智規さんとの関係、10000mの記録についても紹介します。
- 山口竣平さんの中学と中学時代の陸上成績
- 山口竣平さんの小学校や佐久長聖高校での活躍
- 山口竣平さんの父や兄弟などの家族構成
- 怪我や山口智規さんとの関係、10000mの記録
山口竣平の中学は津幡町立津幡南中学校
山口竣平さんの中学は、石川県河北郡津幡町にある津幡町立津幡南中学校です。中学1年生から全国中学駅伝を経験し、県内でも有力な長距離ランナーとして成長しました。山口竣平さんは中学時代から全国屈指の強豪・佐久長聖高校への進学を目標にしていたことも特徴です。
| 学年 | 主な種目・大会 | 記録・実績 |
|---|---|---|
| 中学1年 | 石川県中学校通信陸上1500m | 4分40秒82・4位 |
| 中学1年 | 全国中学校駅伝 | 津幡南中学校のメンバーとして出場 |
| 中学2年 | 1500m | 4分15秒93 |
| 中学2年 | 3000m | 9分15秒63 |
| 中学2年 | 県内中学駅伝4区 | 9分37秒 |
| 中学3年 | 3000m | 9分17秒06 |
中学1年から全国中学駅伝に出場
山口竣平さんは中学1年生だった2018年から、県内の陸上大会で結果を残しています。2018年7月の石川県中学校通信陸上競技大会では、男子1500mを4分40秒82で走って4位に入りました。入学直後から上位争いをしていたことが分かりますね。
さらに同年12月には、滋賀県で開催された全国中学校駅伝大会へ津幡南中学校のメンバーとして出場しました。中学1年生の段階で全国大会を経験していたことは、山口竣平さんの競技人生を考えるうえで大きなポイントです。
中学2年生では1500mを4分15秒93まで縮め、3000mでも9分15秒63を記録しました。山口竣平さんの中学時代は、最初から完成されたトップ選手だったというより、全国の舞台を経験しながら着実にタイムを伸ばした3年間だったといえます。
中学時代から佐久長聖高校を目標にしていた
山口竣平さんの中学時代で特に印象的なのは、早い時期から佐久長聖高校への進学を目標にしていたことです。佐久長聖高校は全国高校駅伝でも実績を残している長距離の強豪校で、全国から有力なランナーが集まります。
山口竣平さんは中学1年生の頃から佐久長聖高校を目指して努力を続けていたとされており、13歳前後ですでに全国レベルの環境を見据えていたことになります。地元で結果を残すだけではなく、さらに強い環境へ進みたいという意識があったのでしょう。
中学3年生では3000mで9分17秒06を記録し、津幡南中学校を卒業後は念願だった佐久長聖高校へ進学しました。山口竣平さんの中学時代は、全国中学駅伝などで経験を積みながら、高校以降の飛躍につながる土台を作った重要な時期だったと考えられます。
山口竣平の小学校はどこ?陸上を始めたのは小学5年生
山口竣平さんは石川県金沢市で生まれ育ち、小学5年生の秋に陸上競技を始めました。具体的な小学校名については広く公表されている情報を確認できませんが、小学校高学年から競技を始め、その数年後には全国中学駅伝へ出場するまでに成長しています。
小学校名は公表されていない
山口竣平さんの小学校については、金沢市で育ったことは分かっているものの、具体的な学校名までは明らかになっていません。そのため、特定の小学校名を推測して断定するのは避けた方がよいでしょう。
現時点で確認できるのは、山口竣平さんが石川県金沢市で育ち、小学5年生の秋から陸上競技を始めたという点です。中学校は津幡町立津幡南中学校へ進学しているため、小学生の頃から石川県内を中心に生活していたことが分かります。
トップランナーというと幼少期から本格的なトレーニングをしていたイメージがありますが、山口竣平さんが陸上を始めたのは小学校高学年です。山口竣平さんの中学以降の急成長を見ると、競技を始めてから短期間で長距離への適性を発揮したのでしょう。
両親の勧めが陸上を始めるきっかけ
山口竣平さんが陸上競技の世界へ入ったきっかけには、両親の存在がありました。小学5年生の秋に両親から陸上を勧められたことをきっかけに競技を始め、その後は長距離ランナーとして頭角を現していきます。
両親からの何気ない勧めが、後に全国トップクラスへ成長する山口竣平さんの競技人生のスタートになりました。小学校高学年で競技を始め、中学1年生で全国大会まで進んだことを考えると、成長の速さには驚かされますね。
大学時代に怪我を経験した際にも、山口竣平さんは両親をはじめ自分を支えてきた人への感謝を改めて意識しています。競技を始めるきっかけを作った両親の存在は、小学校時代から現在まで続く大きな支えになっていると考えられます。
山口竣平の高校は佐久長聖高校
山口竣平さんの高校は長野県の佐久長聖高校です。山口竣平さんは津幡南中学校を卒業すると親元を離れて進学し、全国トップレベルの選手たちと寮生活を送りながら成長しました。高校3年時には5000mで13分34秒59を記録し、全国高校駅伝の優勝にも貢献しています。
| 時期 | 主な出来事・実績 |
|---|---|
| 高校1年 | 佐久長聖高校へ進学し寮生活を開始 |
| 高校2年 | 全国都道府県対抗男子駅伝4区で区間新・区間賞 |
| 高校2年 | 全国都道府県対抗男子駅伝で大会最優秀選手 |
| 高校3年 | 5000mで13分34秒59 |
| 高校3年 | 全国高校駅伝で佐久長聖高校の優勝に貢献 |
高校1年で厳しい寮生活とホームシックを経験
山口竣平さんは中学時代から憧れていた佐久長聖高校へ進学しましたが、最初からすべてが順調だったわけではありません。石川県の実家を離れて長野県で寮生活を始め、高校1年生の頃にはホームシックも経験しています。
山口竣平さんは高校1年生の頃、1週間ほどホームシックが続き、実家へ帰りたいと思っていた時期があったことを大学進学後に明かしています。全国屈指の強豪校へ進む覚悟があっても、親元を離れる生活には寂しさがあったのでしょう。
佐久長聖高校では外出できる機会も限られていましたが、同期や先輩たちと過ごす中で徐々に生活へ適応しました。山口竣平さんの中学時代から持ち続けた「佐久長聖高校で走りたい」という目標が、厳しい生活を乗り越える支えにもなったのかもしれません。
吉岡大翔と切磋琢磨して全国トップクラスへ成長
佐久長聖高校時代の山口竣平さんを語るうえで欠かせないのが、同期の吉岡大翔さんです。吉岡大翔さんも高校時代から全国トップクラスの実績を残したランナーで、同じ学年に非常に強い選手がいる環境で山口竣平さんも力を伸ばしていきました。
吉岡大翔さんのような全国レベルの選手と毎日の練習を共にできたことは、山口竣平さんにとって大きな刺激だったと考えられます。高校2年生になる頃には、山口竣平さん自身も全国大会で注目されるランナーへと成長しました。
全国都道府県対抗男子駅伝では長野県代表の4区を任され、区間新記録で区間賞を獲得。さらに大会最優秀選手にも選ばれています。強いライバルやチームメートに囲まれた佐久長聖高校での日々が、山口竣平さんを全国トップクラスへ押し上げたのでしょう。
全国高校駅伝で大会新記録の優勝に貢献
高校3年生となった山口竣平さんは、個人でもチームでも大きな結果を残しました。2023年11月の日体大長距離競技会では、5000mを13分34秒59で走り、当時の高校歴代上位となる好タイムを記録しています。
同年12月の全国高校駅伝では、佐久長聖高校が2時間1分00秒の大会新記録で優勝し、山口竣平さんも主力として全国制覇に貢献しました。中学1年生から目標としていた学校で、日本一を経験したことになります。
高見澤勝監督の指導や全国トップレベルの仲間との競争を経験した3年間は、山口竣平さんの走力だけでなく精神面も大きく成長させました。津幡南中学校から佐久長聖高校へ進んだ選択が、その後の早稲田大学での活躍につながったといえます。
山口竣平の父や兄弟は?家族構成を紹介
山口竣平さんの競技人生には、家族の存在も大きく関わっています。父親や母親の氏名・職業などは公表されていませんが、両親は陸上を始めるきっかけを作った存在です。兄弟については妹が1人いることが分かっており、祖母との箱根駅伝にまつわるエピソードもあります。
| 家族 | 分かっていること |
|---|---|
| 父 | 詳細なプロフィールは公表されていない |
| 母 | 詳細なプロフィールは公表されていない |
| 妹 | 1人いることが分かっている |
| 祖母 | 箱根駅伝を生で観戦することが夢だった |
父や母の詳しいプロフィールは公表されている?
山口竣平さんの父親と母親については、氏名や職業など詳しいプロフィールは公表されていません。ただ、山口竣平さんが小学5年生の秋から陸上競技を始めた背景には、両親からの勧めがありました。
山口竣平さんの長距離ランナーとしての歩みは、両親に陸上を勧められたことから始まったといえます。中学から高校、大学へと本格的な競技生活を続ける中でも、進学や日々の生活を含めて家族の支えは大きかったと考えられますね。
大学2年時に怪我を経験した際には、自分がなぜ競技を続けるのかを考え、両親や恩師など支えてくれた人へ結果で恩返ししたいという思いを強くしています。表舞台へ出ることは少ないものの、父親と母親は山口竣平さんを支える大切な存在です。
兄弟は妹が1人
山口竣平さんの兄弟については、妹が1人いることが分かっています。妹の年齢や名前など詳しいプロフィールは明らかになっていませんが、山口竣平さんの実家で飼っている猫に関するエピソードから妹の存在が分かります。
実家の猫は妹への誕生日プレゼントをきっかけに迎え入れたとされており、山口竣平さんの家庭の温かい雰囲気が感じられます。競技中にはストイックな表情を見せる山口竣平さんですが、実家では家族と穏やかに過ごしているようですね。
大学の長期休暇などで帰省した際には、家族に競技結果を報告しながらゆっくり過ごす時間も大切にしています。厳しいトレーニングやレースが続くトップランナーにとって、家族と過ごせる実家は心身をリセットできる場所なのでしょう。
祖母の夢が箱根駅伝を目指す大きな原動力
山口竣平さんの家族に関する話で特に印象的なのが、祖母と箱根駅伝のエピソードです。祖母は昔から箱根駅伝が好きで、「死ぬまでに箱根駅伝を生で見たい」という夢を長年持っていました。
祖母の夢を叶えることは、山口竣平さんが箱根駅伝を目指す大きなモチベーションになりました。早稲田大学1年時には第101回箱根駅伝の3区を走り、6人を抜く好走で区間3位となっています。
祖母も実際に湘南のコースへ応援に訪れ、孫が箱根路を走る姿を生で見る夢を叶えました。山口竣平さん自身も祖母の夢を叶えられたことを喜んでおり、家族への感謝が競技への大きな原動力になっていることが伝わりますね。
山口竣平の故障や怪我は左大腿骨の疲労骨折
山口竣平さんは早稲田大学進学後、1年目から学生三大駅伝で活躍しましたが、大学2年時には左大腿骨の疲労骨折という大きな怪我を経験しました。駅伝シーズン直前の故障で出雲駅伝と全日本大学駅伝を欠場することになり、走れない期間が続きました。
大学2年の秋に左大腿骨の疲労骨折が判明
山口竣平さんが脚の異変を感じたのは、大学2年時の9月中旬に行われた長野県・菅平での合宿終盤でした。左脚に痛みを感じていましたが、その後も約3週間にわたって練習を継続しています。
出雲駅伝の4日前にMRI検査を受けた結果、山口竣平さんは左大腿骨の疲労骨折と診断されました。そのため秋の出雲駅伝と全日本大学駅伝という大きな大会を欠場することになります。
好調を維持していた中で突然走れなくなったため、精神的なショックも大きかったと考えられます。約2か月間は一切走れない状態となり、自室で仲間が走るレースを見ながら過ごしました。順調だった競技人生の中で、大きな挫折を味わった時期です。
走れない期間が精神的な成長につながった
怪我で走れない時間が続く中、山口竣平さんは「なぜ陸上競技を続けているのか」「誰のために走っているのか」と自分自身に問い続けました。また、高校時代の恩師である高見澤勝監督の著書を読み返し、競技を始めた原点にも立ち返っています。
山口竣平さんは、両親や恩師、トレーナーなど支えてくれた人へ良い結果を報告することが競技を続ける原動力だと再確認しました。怪我をしたことで、自分だけのためではなく周囲への恩返しとして走る意識が強くなったのでしょう。
花田勝彦監督も、怪我の経験によって山口竣平さんの殻が破れたという趣旨の評価をしています。走れない時間は苦しいものだったはずですが、復帰後の記録を見ると、この経験が精神的な成長につながった可能性は高そうですね。
山口竣平と山口智規の関係は早稲田大学の先輩後輩
「山口竣平 山口智規」と検索すると、名字が同じため兄弟なのか気になる人もいるかもしれません。しかし、山口竣平さんと山口智規さんは兄弟ではなく、早稲田大学競走部の先輩後輩です。主将・エースとしてチームを引っ張った山口智規さんは、山口竣平さんに大きな影響を与えました。
山口智規からエースとしての責任を学んだ
山口竣平さんは怪我によって全日本大学駅伝を欠場した際にもチームへ同行し、選手を支える役割を経験しました。その中で身近に見ていたのが、主将としてチームを引っ張っていた山口智規さんです。
山口智規さんが背負うプレッシャーや競技に向き合う姿を間近で見た経験は、山口竣平さんが次のエースへ成長するうえで大きな財産になったと考えられます。走れない時期にもチームから離れなかったことが重要ですね。
山口竣平さんと山口智規さんには家族関係を示す情報はなく、同じ名字の先輩後輩です。ただし、トップレベルで競技へ向き合う山口智規さんの存在は、山口竣平さんにとって目標となる先輩だったといえるでしょう。
先輩を笑顔で卒業させたいという思い
山口竣平さんは怪我からの復帰を目指す中で、個人の結果だけではなく早稲田大学というチームを勝たせたいという気持ちを強めました。佐久長聖高校時代には全国高校駅伝で日本一を経験しており、チームで勝つ喜びを知っています。
山口竣平さんは山口智規さんら上級生を笑顔で卒業させたいという思いを持ち、チームのために結果を残す覚悟を強くしました。大学2年時の怪我を経験したことで、チーム内で果たす役割への意識も変わったようです。
高校では日本一を経験し、大学では先輩エースの姿から責任感を学ぶなど、山口竣平さんは周囲の選手から多くの刺激を受けて成長してきました。記録だけでなく、チームを背負う精神面の変化にも注目したいですね。
山口竣平の10000m自己ベストは27分59秒47
山口竣平さんは大学進学後、駅伝だけではなくトラック競技でも大きく記録を伸ばしています。2026年には10000mで27分59秒47、5000mで13分17秒19を記録しました。中学時代から段階的に記録を伸ばし、日本トップクラスの長距離ランナーへ成長しています。
| 種目 | 自己最高記録 |
|---|---|
| 1500m | 3分55秒75 |
| 3000m | 7分59秒52 |
| 5000m | 13分17秒19 |
| 10000m | 27分59秒47 |
| 5km | 13分49秒 |
(出典:早稲田大学競走部)
日本インカレ10000mで27分台を記録して優勝
山口竣平さんは2026年4月24日に行われた日本インカレ男子10000mで、27分59秒47を記録して優勝しました。レース序盤では先頭を走った後、一度集団の後方へ下がり、10000mを走り切るために冷静に力を温存しています。
3000mを過ぎたところから再び前へ出た山口竣平さんは、自らレースの流れを作りながら27分台へ突入しました。ペースメーカーについて出した記録ではなく、自分で展開を作って記録した点でも大きな価値があります。
レース終盤には苦しい場面もありましたが、チームのために走るという思いが山口竣平さんを支えました。山口竣平さんの中学時代から続く高い目標意識に、大学で経験した怪我や精神的な成長が加わった結果ともいえそうですね。
5000mでも13分17秒19の好記録
10000mで27分台を記録した山口竣平さんは、2026年7月4日のホクレン・ディスタンスチャレンジ千歳大会でも好走しています。男子5000mA組へ出場し、外国人選手や実業団選手もいる高速レースの中で日本人最上位の5着に入りました。
山口竣平さんが記録した13分17秒19は、学生歴代上位に位置するハイレベルな自己ベストです。4000mを10分39秒で通過する速い展開にも対応し、最後まで先頭集団に食らいつきました。
津幡南中学校時代には3000mで9分台だった山口竣平さんが、高校・大学と成長を続け、5000mで13分台前半、10000mで27分台まで記録を伸ばしました。山口竣平さんの中学から現在までの歩みを見ると、一気にではなく段階的に力を高めてきたことが分かります。
山口竣平のインスタは?SNSで見られる素顔
山口竣平さんについては、インスタなどSNSでの発信が気になっている人も多いようです。早稲田大学競走部は公式Instagramを積極的に運用しており、山口竣平さんも選手紹介や大会前の動画などに登場しています。競技中とは違う大学生らしい姿も注目されています。
早稲田大学競走部の公式SNSにも登場
早稲田大学競走部の公式Instagramでは、駅伝やトラック大会へ向けた選手紹介、レース結果、選手たちの動画などが発信されています。山口竣平さんも公式コンテンツにたびたび登場しており、ファンへ向けたメッセージを見ることができます。
山口竣平さんの最新情報やチームメートと過ごす姿を見たい場合は、早稲田大学競走部による公式SNSを確認するのが分かりやすいでしょう。箱根駅伝などの大きな大会で活躍した後には、SNSを通じて多くの反響も届いているようです。
個人名を使ったアカウントについては、本人が運営していると確認できないものも考えられます。山口竣平さんのインスタを探す場合には、なりすましなどに注意しながら、所属先から発信される公式情報を中心に確認するのがおすすめです。
競技中とは違う穏やかな一面も魅力
レース中の山口竣平さんは、苦しい展開でも最後まで粘り続ける力強い表情が印象的です。一方、競技を離れると大学生らしい親しみやすい一面もあり、普段とのギャップもファンから注目される理由の一つでしょう。
山口竣平さんは休日になるとコンビニスイーツを買うことがあり、ファミリーマートのしっとり食感のバウムをおすすめとして挙げています。厳しいトレーニングを続けるトップランナーにも、甘いものを楽しむ時間があるのですね。
実家へ帰れば家族や猫と過ごし、大学では仲間と競技へ向き合うなど、山口竣平さんには記録だけでは分からない等身大の魅力があります。山口竣平さんの中学時代から続くストイックさと、普段の穏やかな人柄の両方が多くのファンを惹きつけているのかもしれません。
山口竣平の中学や高校・家族についてまとめ
当記事では、山口竣平さんの中学や小学校、高校、家族、怪我、大学での10000mなどについて紹介しました。山口竣平さんの中学は石川県の津幡町立津幡南中学校で、中学1年生から全国中学駅伝を経験しています。小学5年生の秋に両親の勧めで陸上を始め、中学時代から佐久長聖高校を目標に努力していました。
佐久長聖高校では全国高校駅伝優勝を経験し、早稲田大学では箱根駅伝でも活躍。左大腿骨の疲労骨折という大きな怪我を乗り越え、10000mでは27分59秒47、5000mでは13分17秒19を記録しました。山口竣平さんの中学時代から続く向上心と、家族や仲間への思いが現在の強さにつながっているのでしょう。今後のさらなる活躍にも注目ですね。


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