菱川一心の高校は岡山後楽館?中学や小学校と家族構成も紹介

当ページのリンクには広告が含まれています。

ブレイキンのB-Boy「ISSIN」として、世界を舞台に活躍している菱川一心選手。若くして世界トップクラスの実力を持つだけに、菱川一心選手がどのような学生生活を送ってきたのか気になりますよね。

なかでも注目されているのが、菱川一心選手の高校です。世界大会への出場や日々の練習を続けながら、どの高校に通い、ブレイキンと学業を両立していたのでしょうか。また、中学や小学校、家族について知りたい人も多いようです。

そこで当記事では、菱川一心選手の高校を中心に、中学や小学校などの学歴、親や兄弟などの家族構成、ダンススクール、パリオリンピックを巡るエピソードまで詳しく紹介します。

この記事でわかること
  • 菱川一心選手の高校と学校生活
  • 中学や小学校などの学歴
  • 親や兄弟などの家族構成
  • ダンススクールやオリンピックとの関係
目次

菱川一心の高校は岡山市立岡山後楽館高校

菱川一心選手の高校は、地元・岡山県にある岡山市立岡山後楽館高等学校です。中学は岡山市立竜操中学校を卒業しており、高校から岡山後楽館高校へ進学したとされています。まずは菱川一心選手の高校を含む学歴を整理してみましょう。

学校学校名確認できる情報
小学校非公表岡山市内とみられるが学校名は確認できない
中学校岡山市立竜操中学校中学時代にブレイキンの活動範囲を広げる
高校岡山市立岡山後楽館高等学校高校時代から国内外の大会で活躍

岡山後楽館高校は単位制の総合学科

岡山市立岡山後楽館高校は、単位制の総合学科を設置している高校です。学校では自主性を大切にしており、生徒が自分の興味や進路を考えながら学習する環境が整えられています。制服やチャイムに頼らず、自分で時間や行動を管理することも学校生活の特徴です。

菱川一心選手は高校生の頃には、すでにブレイキンの国内大会だけでなく海外の大会にも挑戦していました。競技を続けるには、練習だけでなく大会や遠征の予定まで自分で管理する必要があります。

自主性を重視する高校で過ごした経験は、世界を舞台に活動する菱川一心選手の生活とも重なる部分がありますね。競技と学業を両立しながら、自分で考えて行動する力を身につけられる環境だったと考えられます。

高校から進学した理由はブレイキンとの両立か

菱川一心選手は岡山後楽館中学校からの内部進学ではなく、岡山市立竜操中学校を卒業したあと、高校から岡山後楽館高校へ進学しています。高校を選んだ具体的な理由については、本人から明確に公表されていません。

ただし、高校時代には国内外のブレイキン大会への出場が増えており、一般的な高校生とは異なるスケジュールで生活していたことが考えられます。自主性を重んじる岡山後楽館高校の教育環境は、競技活動との両立を目指すうえで相性が良かった可能性があります。

一方で、「ブレイキンのために岡山後楽館高校を選んだ」と断定できる事実は確認されていません。菱川一心選手の高校選びについては、競技生活と両立しやすい環境だった可能性があるという範囲で考えるのが自然でしょう。

高校時代から世界大会で活躍していた

菱川一心選手は、高校生の頃にはすでに世界を舞台に戦うB-Boyとして注目されていました。国内大会で経験を積むだけでなく海外大会にも挑戦し、10代のうちから世界トップクラスの選手と競い合っています。

2022年には世界大会で優秀な成績を収めたことを受け、岡山市長を表敬訪問しました。当時の菱川一心選手は、全日本ブレイキン選手権で優勝することや、世界中の人が知るオリンピックで結果を残すことを目標として語っています。

高校生の段階ですでに世界を見据え、自分の結果に満足せず次の目標へ向かっていた点も印象的です。菱川一心選手の高校時代は、世界的なB-Boyへ成長していくうえで重要な期間だったといえるでしょう。(出典:岡山市)

菱川一心の中学は岡山市立竜操中学校!小学校は非公表

菱川一心選手の中学は岡山市立竜操中学校です。一方、小学校については、本人や公的機関が学校名を明らかにした確かな情報は確認できません。小学生でブレイキンを始め、中学時代には岡山の外へも活動範囲を広げていきました。

中学時代にBodyCarnival Zooへ加入

岡山市立竜操中学校に通っていた時期、菱川一心選手は京都を拠点とするB-Boyクルー「BodyCarnival」のキッズチーム、BodyCarnival Zooへ加入しています。地元・岡山だけでなく全国レベルのB-Boyと交流する環境に入り、さらに技術を磨いていきました。

菱川一心選手は、その後BodyCarnivalのトップクルーにも加わり、本格的に活動しています。また、中学生の頃から岡山県外の練習会にも参加し、HARUTO選手やHIRO10選手など同世代の実力者と刺激を与え合っていました。

キッズ時代には強い選手を相手になかなか勝てない経験もあったようですが、ライバルの存在が成長への原動力になったと考えられます。中学時代は、岡山で育てた基礎を全国レベルへ引き上げていった時期だったのですね。

小学校名は公式には明かされていない

菱川一心選手の小学校については、学校名を確認できる公式な情報は公表されていません。岡山市立竜操中学校へ進学していることから、ネット上では学区内にある複数の小学校名が候補として紹介されることがあります。

しかし、中学校の学区だけを根拠に出身小学校を特定することはできません。本人や家族、公的機関などが学校名を明らかにしていない以上、特定の小学校を出身校として断定するのは避けた方がよいでしょう。

学校名は分かっていないものの、小学生時代からブレイキンに夢中だったことは知られています。帰宅後すぐに練習を始めるほど熱中していたとされ、菱川一心選手にとって小学校時代は現在につながる大切なスタート地点だったようです。

小学2年生からブレイキンを始めた

菱川一心選手がブレイキンを始めたのは、8歳だった小学2年生の頃です。姉がダンスを習っていたことをきっかけに興味を持ち、父親が見つけたブレイキンの体験教室へ参加しました。初めて見るアクロバティックな技に衝撃を受け、一気に夢中になったそうです。

ブレイキンを始めてからは、学校から帰宅するとすぐに練習を始め、寝るまで踊り続けることもあったとされています。幼い頃から繰り返し体を動かした経験が、現在のスピードやダイナミックなパワームーブの基礎になっているのでしょう。

さらに、周囲と同じ技を練習するだけでなく、同世代では珍しかったエルボーエアーなどにも積極的に挑戦していました。小学2年生でのブレイキンとの出会いが、中学、高校、そして世界大会へ続く競技人生の出発点になったのですね。

菱川一心の家族構成は?親や兄弟との関係

菱川一心選手の家族については、父親や母親のほか、姉や弟など兄弟がいるとされています。詳しい家族構成には公表されていない部分もありますが、姉と父親がブレイキンを始めるきっかけを作り、弟もアーバンスポーツで活躍しています。

家族分かっていること
父親ブレイキンの体験教室を探し、競技との出会いを後押し
母親詳しいプロフィールは非公表
姉ジャズダンスを習っており、ダンスに興味を持つきっかけになった
菱川一心B-Boy「ISSIN」としてブレイキンで活躍
弟・高虎BMXフリースタイル・フラットランドで活躍
その他の兄弟詳しい情報は公表されていない

父親がブレイキンとの出会いを後押し

菱川一心選手がブレイキンを始めるうえで、大きなきっかけを作ったのが父親です。姉の影響からダンスに興味を持った菱川一心選手に対して、父親が地元でブレイキンを体験できる場所を探しました。

菱川一心選手は体験教室で本格的なブレイキンを初めて目にし、人間ができるとは思えないような技に強い衝撃を受けたと振り返っています。興味を持った子どもに対して、すぐ体験できる環境を用意した父親の行動が現在につながったわけですね。

一方、父親の職業や年齢、母親の詳しいプロフィールなど、親に関する個人情報は広く公表されていません。確認できる範囲では、菱川一心選手が競技を始めるきっかけを家族が作り、その後の活動も支えてきたと考えられます。

姉のダンスが競技を始めるきっかけ

菱川一心選手がダンスに興味を持つ最初のきっかけになったのは姉です。姉がジャズダンスを習っていたため、その姿を身近で見ていた菱川一心選手もダンスに関心を持つようになりました。姉の存在がダンスの世界へ足を踏み入れる入り口になったのですね。

ただし、菱川一心選手が最終的に夢中になったのは姉と同じジャズダンスではなく、アクロバティックな技が特徴のブレイキンでした。体験教室で回転技やパワームーブを見た瞬間、自分もやってみたいという思いが強くなったようです。

姉の年齢や現在の活動などは公表されていませんが、菱川一心選手の競技人生をたどるうえでは欠かせない存在です。家族の日常にダンスがあったことが、後の世界的B-Boy誕生につながったと考えると興味深いですね。

弟の高虎はBMXで全国優勝

弟の菱川高虎選手も、アーバンスポーツの世界で活躍しています。競技はBMXフリースタイル・フラットランドで、2024年の全日本選手権では13歳から15歳の部で優勝し、年間ランキングでも1位となったとされています。

フラットランドは平らな地面で自転車を操り、回転やバランスなどの技を連続して見せる競技です。ブレイキンとはジャンルが異なりますが、自分の技術やオリジナリティをフロア上で表現するという点には共通する部分があります。

菱川高虎選手は兄の菱川一心選手を尊敬するとともに、いつか超えたい存在として意識しています。菱川一心選手も弟から目標とされることで、さらに大きな結果を残したいという思いを持っているようです。競技は違っても、お互いを刺激し合える兄弟関係なのですね。

菱川一心のダンススクールはDANCE STUDIO VERTEX

菱川一心選手がブレイキンを始めた原点となったのは、岡山市のDANCE STUDIO VERTEXです。さらに中学時代からBodyCarnivalにも参加し、地元で基礎を固めながら全国の実力者と交流することで、現在につながる独自のスタイルを築いていきました。

8歳から岡山のスタジオで腕を磨いた

菱川一心選手が8歳の頃にブレイキンと出会った場所が、岡山市のDANCE STUDIO VERTEXです。父親に連れられて体験教室へ参加し、初めて見るブレイキンの技に夢中になりました。DANCE STUDIO VERTEXは競技人生の原点となった場所です。

ブレイキンを始めた菱川一心選手は、学校から帰るとすぐに体を動かすほど練習に熱中していました。基礎を繰り返すだけでなく、自分にしかできない動きを探しながら技を磨き、幼い頃からオリジナリティを意識していたとされています。

世界大会へ出場するようになってからも、菱川一心選手は地元・岡山とのつながりを持ち続けています。菱川一心選手の高校も岡山市内にあり、岡山を拠点に力を蓄えながら世界へ挑戦してきたことが分かりますね。

BodyCarnivalで世界レベルの技術を磨いた

菱川一心選手は地元のスタジオだけでなく、京都を拠点とするB-Boyクルー「BodyCarnival」でも経験を積みました。中学時代にはキッズチームのBodyCarnival Zooに加入し、その後トップクルーへと活動の場を広げています。

全国トップクラスのB-Boyと同じ環境で刺激を受けたことは、菱川一心選手の成長に大きく影響したと考えられます。岡山県外の練習会にも足を運び、同世代のHARUTO選手やHIRO10選手などと競いながら技術を磨いていきました。

キッズ時代には大会で思うように勝てない経験もありましたが、強いライバルがいたからこそ他の選手にはない武器を作る意識が強まったのでしょう。岡山で築いた基礎と、全国のB-Boyから受けた刺激の両方が、現在のスタイルにつながっています。

独創的なパワームーブが強み

菱川一心選手の特徴は、爆発力のあるパワームーブとスピード、そして相手の予想を超えるオリジナリティです。難易度の高い技を成功させるだけではなく、誰もやっていない動きを自分で作り出そうとする発想を大切にしています。

菱川一心選手は、新しい技を考える際に練習中の失敗にも注目していると語っています。思い通りの技にならなかった動きは、自分でも予想していなかった体の動きが生まれた瞬間でもあります。失敗を捨てるのではなく、そこから新しい技のヒントを見つけているのです。

キッズ時代から周囲がやっていない技に挑戦してきた姿勢が、現在のISSIN選手らしいスタイルにつながっているのでしょう。競技プロフィールについては公式ページでも紹介されています。(出典:Red Bull)

菱川一心はパリオリンピック出場を逃した

菱川一心選手は2024年のパリオリンピック出場を目指しましたが、最終的に代表枠を獲得できませんでした。残された男子の出場枠を巡り、Hiro10選手とオリンピック予選シリーズで激しいポイント争いを繰り広げています。

時期大会菱川一心の結果Hiro10の結果
2024年2月全日本ブレイキン選手権優勝準優勝
2024年5月OQS上海大会8位3位
2024年6月OQSブダペスト大会4位6位
最終結果パリ五輪代表争い出場権獲得ならず出場権獲得

Hiro10と残り1枠を争った

パリオリンピックのブレイキン男子日本代表を巡っては、半井重幸選手が先に出場権を獲得しており、残る枠を菱川一心選手やHiro10選手らが争いました。Hiro10選手は同世代で競い続けてきた大きなライバルの一人でもあります。

2024年2月に開催された全日本ブレイキン選手権では、菱川一心選手が決勝でHiro10選手を破り初優勝を果たしました。国内最高峰の大会を制したことで、パリオリンピック出場への期待もさらに高まっています。

ただし、五輪出場権は全日本選手権だけで決定するものではありませんでした。その後に行われるオリンピック予選シリーズで世界のトップ選手を相手にポイントを積み上げる必要があり、代表争いは最後まで続くことになります。

オリンピック予選シリーズで惜しくも届かず

パリオリンピック出場争いで大きなポイントとなったのが、2024年5月のオリンピック予選シリーズ上海大会です。Hiro10選手が3位に入った一方、菱川一心選手は8位となり、上海大会終了時点でポイント差をつけられる展開となりました。

続く6月のブダペスト大会では、菱川一心選手が4位まで順位を上げて追い上げます。しかし、Hiro10選手も6位に入り、上海大会でついた差を最後まで守りました。その結果、Hiro10選手がパリオリンピックの出場権を獲得しています。

高校生の頃からオリンピックで結果を残すことを目標に掲げていた菱川一心選手にとって、出場権を逃した悔しさは大きかったと考えられます。それでも競技への挑戦を止めず、次の世界大会へ向かったことが後の大きな結果につながりました。

五輪落選後に世界選手権で頂点へ

パリオリンピック出場を逃した菱川一心選手ですが、その後も世界トップを目指して競技を続けました。2024年12月に中国・成都で開催された世界ブレイキン選手権では、男子で優勝し、世界王者となったとされています。

オリンピック予選で出場権を逃してから約半年後に、世界最高峰の大会で結果を残したことになります。菱川一心選手は、自分にしかない強みを伸ばし、必要な行動を積み重ねれば結果につながるという考え方を持っています。

世界選手権でも、持ち味であるスピードや爆発力に加え、相手や観客が予想しにくいオリジナルムーブを武器に戦いました。パリオリンピックには出場できませんでしたが、悔しい経験をその後の成長へつなげたことが分かりますね。

菱川一心の出身地やプロフィール

菱川一心選手は岡山県岡山市出身で、2005年5月1日生まれです。ダンサーネームは「ISSIN」。小学2年生からブレイキンを始め、岡山を拠点に成長しながら国内外の大会へ活動の場を広げてきました。

項目プロフィール
本名菱川一心
ダンサーネームISSIN
生年月日2005年5月1日
出身地岡山県岡山市
身長164cm
体重63kg
競技開始8歳・小学2年生頃
競技ブレイキン
スタイル爆発力のあるパワームーブと独創的な動き

出身は岡山県岡山市

菱川一心選手の出身地は岡山県岡山市です。小学生の頃から地元・岡山でブレイキンを始め、高校も岡山市立岡山後楽館高校へ進学しています。全国や海外へ活動範囲を広げてからも、岡山とのつながりを持ち続けています。

高校時代には世界大会での活躍を受けて岡山市長を表敬訪問し、全日本選手権やオリンピックに向けた目標も語っていました。その後は実際に全日本ブレイキン選手権で優勝し、パリオリンピックの出場枠を巡る争いにも加わっています。

さらに世界選手権でも大きな結果を残しており、岡山から世界へ挑戦するB-Boyとして成長しました。菱川一心選手の高校やダンススクールを見ても、地元で築いた環境が競技人生の土台になっていることが分かりますね。

ISSINとして世界のブレイキン大会で活躍

菱川一心選手は、本名と同じ読み方の「ISSIN」というダンサーネームで活動しています。国内大会だけでなく世界的な大会にも出場し、10代の頃から日本を代表する若手B-Boyとして注目されてきました。

小学2年生で競技を始めたあと、中学時代にはBodyCarnival Zooに加わり、高校時代には海外の大会でも経験を積んでいます。幼い頃から取り組んできたダイナミックなパワームーブに加え、周囲とは違う技を生み出す発想力がISSIN選手の魅力です。

また、技の難易度だけを追うのではなく、音楽や相手との駆け引きを含めたブレイキンならではの表現にもこだわっています。若い頃から国内外のさまざまなB-Boyと競った経験が、大舞台でも自分のスタイルを出せる強さにつながっているのでしょう。

世界トップクラスへ成長した経歴

菱川一心選手の経歴を振り返ると、8歳でブレイキンを始めてから継続的に高いレベルへ挑戦してきたことが分かります。地元・岡山のスタジオで基礎を身につけ、中学時代から全国のB-Boyと交流し、菱川一心選手の高校時代には世界大会へ活動範囲を広げました。

その後は全日本ブレイキン選手権で優勝し、パリオリンピックの代表争いにも参加しています。五輪出場は逃したものの、2024年には世界ブレイキン選手権で優勝するまでに成長したとされています。

菱川一心選手の特徴は、成功した経験だけでなく負けや失敗からも次のヒントを見つけていることです。幼少期から続けてきた独自性の追求と、強いライバルとの競争が、世界トップクラスのB-Boyへ成長する大きな力になったのではないでしょうか。

菱川一心の高校や中学など学歴まとめ

当記事では、菱川一心選手の高校を中心に、中学や小学校、家族、ダンススクール、オリンピックについて紹介しました。菱川一心選手の高校は岡山市立岡山後楽館高校で、中学は岡山市立竜操中学校です。小学校名については公式に確認できる情報はありません。

小学2年生でブレイキンを始めるきっかけとなったのは、姉のダンスと父親の後押しでした。地元のDANCE STUDIO VERTEXで練習を始め、中学時代から全国の実力者と交流したことで世界レベルへ成長しています。

パリオリンピックではHiro10選手との代表争いの末に出場権を逃しましたが、その後も挑戦を続け、世界選手権で大きな結果を残しました。菱川一心選手の高校時代から続く成長を見ると、今後どのような舞台で新しいムーブを見せてくれるのかにも注目したいですね。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次